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『私のアンリー・デュナン伝』

 『私のアンリー・デュナン伝──赤十字の創立者に学ぶ』(橋本祐子、学習研究社、1978)から、印象に残ったところを書き抜いておきます。
 観るときに、だいぶ脳内補完が必要そうだから。

 著者の橋本祐子さん(はしもと・さちこ、1909-1995)は、1948年から日本赤十字社で青少年教育に携わり、赤十字の根源となったジュネーブ条約に関する知識と精神の普及と、世界平和の基盤となる国際理解の促進のために尽力されました。1972年にその功績が讃えられ、国際赤十字最高の栄誉であるアンリー・デュナン・メダルが贈られました。
 この本は、アンリー・デュナン生誕150周年の1978年に出版されました。橋本さんがデュナンゆかりの地を実際に訪れ集めた資料をもとに、日本人から見たデュナンの生涯を、ご自身の経験を交えて書かれたものです。橋本さんが教え子の方々からとても慕われた先生だったというのも頷ける、ぐっと心つかんで引き込んでいく力のある本です。デュナンよりもむしろ橋本さんの言葉に感銘を受けましたね、私は。
 が、これは絶版のようですね……。私は図書館から借りて読んでます。

 
 夏希さんのデュナンはこういう人間になっているんじゃないかと予想してます。表現する言葉であるところのセリフは担当者が違うので、そこがさっぴかれるのがつらいとこですが。

 彼は、厳粛なまでに異常な状況下にあって、自分の無能と非力を心の痛みとして告白しているが、とんでもない。彼の才能は何といっても表現力にあると思う。ピエール・ボアシエ氏によると「彼とほんの二、三時間も話しただけで生涯を福祉に向ける人がたくさんいた」ということだし、経験したこと、願うことは本になるし、記録になるし、手紙の山になる。そしてそれは強力な奉仕の武器になる。



 一番印象的なのはここ。

 英語では「因果」という言葉を Cause and Effect というが、デュナンは常に Cause に生まれきた人。Effect、つまり効果は眼中になかった。余りにもなかった。理想家よりも夢想家として非難され、仲間はずれにされ、一緒に仕事のやり難い人といわれたものである。それにしても世の中は余りにも効果第一の考え方が多過ぎるのではないだろうか。何をするにしても「できるか、できないか」「やさしいか、難しいか」で考える。人間社会のエネルギー源である青年までも……。
 アンリー・デュナンは生涯を Cause(内なる燃焼)に生きた。ということはいつも Effect(効果)よりは「したいか、したくないか」で考えたから「するか、しないか」の行動に踏み切り勇者であり得たのである。何を見ても「であった」と「である」の記述でおしまいのリポーターや「べきであった」の評論家や「べきである」の学者先生ではなかったデュナン。なまじ狭い専門家でない、何よりも先ず純粋に人間であったデュナンに赤十字の出発があったことを、赤十字の特色として忘れてはならないと思う。


 この後に続く橋本さんの体験談が感動的です。(橋本さんの墓誌碑にも、「できるかできないかではなく、したいかしたくないかである」と刻まれているそうです)

 あとさき考えないでつっ走る人ばっかりでも困ると思うんですが、橋本さんは、赤十字創設の中心となったもう一人の人物グスタフ・モアニエを「『果』すなわち Effect、先が読めて動く人」であるとし、

 人間は神様でない以上、この両極の因子を一人で兼ね備えることは不可能なのだから、神の思召しともいうべき超人的な夢を成し遂げるために、二人の出会いがあった事実の必然性は、神秘とさえいえる思いで私を満たすものがある。


 と書いています。のちにモアニエとの確執がもとで、デュナンは赤十字から追い出される格好になるわけですけれど……この辺りの話ももう、お芝居では入ってないんでしょうね。それで「生涯」ってなぁ……。


 ソルフェリーノ戦の救護がおこなわれたカスティリオーネの町で、国際赤十字博物館のムッティー氏の話を聞き、

 アンリー・デュナンも「回想録」の初めに、
「自我は憎むべきものである。しかし回想記の中にどうしてそれを取り除くことができるだろう。どうしても避けられないないものならば、人々の寛大さを要求しなければならない」と断っているが、もともと人間は何を見ても聞いても、自分の好きなところを好きなだけ、好きなようにしか受けつけないものなのだ。

 
 として、デュナンの手記の記述を検証していくくだりも面白いです。

 「しかし、カスティリオーネの婦人達は、私が国籍の差別を全くしないのを見て、これにならい、こんなに出身地がいろいろであり、彼女達にとってはみな異国人である兵達全部に同じ親切を見せるのである」
 というくだりの、彼に「ならい」が更にムッティー氏の寛大さを要する点である。「ならいどころか、彼の到着する前からやっていたのはカスティリオーネの婦人達だったのです。何しろサン・ルイジの伝統ある城下町だからですよ」とムッティー氏はいう。
 しかしそこまではわかるはずもない突然の訪問者だった異邦人のアンリー・デュナンも、そのすぐ次に続けて書いているのが、あの有名なせりふに始まる文章である。
「『みんな同じ人間どうし』Tutti Frateli(同文イタリア語)と彼女達は感動を込めて繰り返すのであった。この哀れみ深い婦人達、あのカスティリオーネの乙女達に誉れあれ。彼女達を失望させ、飽きさせ、勇気を失わせる何ものもなく、その慎しみ深い献身は、疲労も不快も犠牲も心にかけようとはしなかったのである」



 『ソルフェリーノの記念(思い出)』には、敵軍の負傷兵は手当しないなんていう人は出てこなくて、ポルリノやアンリエットの人物設定はいったいどこから来たのかと思っていましたが(看護婦も登場しないけど、イタリア軍人もほとんど登場しないんですよね……)、この本でも、カスティリオーネの町では、敵味方かまわず、病院、教会、民家などありったけの場所を提供して負傷兵を収容したとされています。

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